このせつ長編
「Blot out 7」
「Blot out 7」
コンコン。
機械的な音はよく響く。
部屋の中には、かすかにだが、人の気配がする。
「せっちゃん、おるん?」
返事はなかった。
それでも、もう少し留まっていることが正解な気がして、私は動かなかった。
しばらくそのまま無言でドアを見つめる。
カチャ・・・・
静かに、少しだけドアが開いた。
そこには毎日顔を合わせているのに、とても懐かしい彼女が立っていた。
「こんにちは。」
「・・・・・こんにちはお嬢様。」
彼女は落ち着いた表情で私を迎え入れた。
少し不自然な挨拶を終えて、どうぞと言われたので、つかつかと彼女の部屋に入る。
‘珍しいですね、急に訪ねて来られるなんて。’
いつもならそんなことを言われていたのかもしれない。
ドクドクという心音はどんなに人が近づいても自分にしか聞こえるわけがないのに、近くをすれ違う時、少し刹那を避けた。
この範囲なら拍動のせいで胸が上下するところを見られてしまうのではないかと、変な意識をしてしまう。
彼女はそんな私に気づいているのかいないのか。
私は自然にソファーの左端に腰を下ろした。
刹那の部屋に来ると私はいつもここへ座る。
「お茶・・・でよろしいですか?」
ふいに聞こえた刹那の声に、妙に反応してしまった。
「ええよ、もしかしたらウチすぐ帰ることになるかもしれへんから。」
びっくりして、既にキッチンへ向かっていた体を残して首だけ半回転。
彼女は絵に描いたような驚いた顔をしていた。
勢いに任せすぎた私は、大幅に予定を早めてしまったが、後戻りは出来ない。
「せっちゃん。」
固まっていた彼女は私に呼ばれて、のろのろとリビングに戻ってきた。
「なんだか・・・・久しぶりですね。・・・・・。」
近づいてきた彼女は思わず言ってしまったのだろうか、とても声が小さかった。
このつぶやきは、さっき私が感じたものと同じなのだろうか?それとも別のことに対してなのか。
真意は分からないが、ゆっくりと私は彼女の正面に腰を下ろす。
「最近、修行増やしとる?」
「え?・・・・えと、少しですが。」
話し始めると、いつもの物腰で、彼女は答えてくれた。
「やっぱり、なんかいつもより疲れてそうに見えたんよ。」
「今日は雨の中でやっていたので少し疲れたかもしれません・・・・びしょびしょです。」
刹那はちょっとおどけて、まだシャワーで濡れた髪をタオルでわしゃわしゃと拭いて見せる。
木乃香は刹那の言葉を聞くと驚いた表情をしたが、子供っぽく頭を拭く刹那を見て、ころころと笑い始めた。
「雨でも外で修行なんてせっちゃんらしい。」
なんだか妙な雰囲気だったが、これは一種の儀式。
‘打ち解けんだから、話をしよう’
私は少し腰を浮かせた。
しかし刹那は反射的に身を引いたのを私は見逃さず、
少し上げた腰をまた、ゆっくりと元の位置に戻した。
「なあ、せっちゃん。」
ソファーの左端に座りなおして私は言った。
「タンクトップ、いつも着てるの?」
「へ?」
ちょっと間抜けな声を出す彼女はちょっと可愛い。
「え、・・・ええ、寝るときとか、仕事前に・・・・」
「ふふっ。」
「・・・・・?」
にかっと笑う木乃香の意図がつかめなくて、
刹那は耳を傾け黙っている。
「和解した・・・は、変な言い方やけど・・・・・ウチ、せっちゃんとそうなったと思ってたんよ。これで、昔みたいになれるって。」
「え、そ、それはもちろんですよ!!」
慌てて話を遮る刹那に向かって少し目を細めて、木乃香はまた口を開いた。
「うん。ウチもそう思ってる。・・・・・・でも、問題は‘昔’ってこと。」
「え?」
彼女は、ふうと息を吐く。
「護衛で、幼馴染で・・・皆はその関係を認めてくれていて。それは嬉しいことだって分かってる。でも、昔を目指しすぎた。何かで繋がってるって、もう特別な関係になって・・・何かあるなら話してもらえるし、せっちゃんを何でも分かっていると思い込んでいたんよ。・・・そう、思いたかった。」
「それは・・・・」
何かを言いたげだが、刹那は言葉に詰まっていた。
「今思うと、昔のせっちゃんを今のせっちゃんから探そうとばかりしてたんよ。・・・普段タンクトップが部屋着なんて初めて知ったえ。」
「・・・・・・。」
「甘えてたんよ、自分はせっちゃんの‘特別’だって。だから、ちゃんと、‘今’のせっちゃんが知りたい。・・・最近悩んでることとかね。」
木乃香はからりと笑った。
木乃香の口元は笑っていたし、ここの部屋の雰囲気も悪くなかったのに、
その目だけは刹那に刺さった。
一呼吸置いて、ふいに口を開く。
「・・・・・・・考えれば考えるほどダメなんです。」
刹那はゆっくりと目を閉じて、息をはいた。
だらんと彼女は体を弛緩させて、ソファーにもたれかかる。
「私はそもそも、なんで学校にきたんでしょうか。
護衛のためなら入学する意味は無かったんです。影から見守れるのなら、どうせ無視するならあなたを悲しませるだけです。」
随分と昔のことを語る刹那はどこか遠くを見つめていた。
彼女は昔の自分の姿を追っているのかもしれない。
「・・・今度は傍にいられるようになって、また自分を優先しています。」
「どこが?せっちゃんは・・・」
「怖いんです。今の関係が壊れたりしたら。」
ぽつりと刹那は言った。
しんとした部屋。
刹那はゆっくり目を閉じる。
そこには、自分だけの世界が広がっていた。
目を閉じてそこにあるだけの小さな世界。
今はゆらゆらと、小さな火が灯っている。
少し風が吹いたら消えてしまいそうな火だけど。
でも、とにかく最初は真っ暗だったんだ。
以前は目を閉じても何も見えなかった。
でも、今は見える。
とても小さいけれど柔らかな火。
ひねくれた私の真っ暗な世界に、
皆が少しずつ地盤を作って、最後に彼女が灯してくれた。
だから、それを失わないように、
ほんの少しの風でもゆらゆらと揺れる火を、
必死で守ろうとしたんだよ。
大切すぎたんだ。
それだけだったんだ。
「今私はお嬢様の傍に居られて、それだけでなく明日菜さんやネギ先生、沢山の人たちに囲まれて、きっと今までで一番幸せです。・・・・今はそれがなくなるなんて考えられなくなってきているんです。今が心地よくて、以前は何とも無かった一人の時間が、たまに無性に淋しくなる。・・・だから、今が続く確かな保証が欲しくて、すがるように剣の修行をしました。」
木乃香は刹那と不意に目が合う。
「護衛という立場さえあれば、お嬢様とはずっと一緒にいられる。・・・でも、いくら強くなっても、私の上は確かにいます・・・・・・私は行き場をなくしたんです。」
初めて彼女の弱さを目の当たりにしたと思った。
木乃香は、ゆっくりと腰を浮かせ、ソファーから立ち上がる。
そして、ゆっくりと口を開いている彼女に近づいていった。
「自分の不純な考えにも気づきました。自分が無性にちっぽけに思えて・・・・お嬢様の傍にいると、益々それを感じるようになってしまって・・・・」
ぺち。
刹那が言い終わる前にフローリングのリビングに弱々しい音が響いた。
刹那の頬には木乃香の右手。
打ちつけられた右手は、勢いが弱すぎて刹那の頬に止まったまま。
打ち付けた後に気づいた。刹那の言葉に、反射的に手が出てしまったのだ。
しかし、ふと気づく。
自分も刹那から向き合うことから逃げていたというのに、頬を打つ資格はない。
今更ながら、顔が青くなる。
自分の行動が信じられず、彼女の頬にある自分右手を見つめ、フリーズしてしまい、どうにもならない。
触れた刹那の頬は温かく、そのぬくもりが伝わってくる程、意識ははっきりしているというのに。
「・・・・殴って欲しかったのかもしれません。」
はっとして刹那と目を合わせる木乃香。
刹那は少し目を細くして、目の前の木乃香を見つめている。
木乃香の目に映る刹那は、優しく微笑んでいた。
「・・・・せっちゃん。」
木乃香は右手はそのままで、彼女を呼んだ。
「いつも一人で結論を出さないで。ウチを置いていかないで。それじゃ前と一緒やろ?ウチももう逃げへんから・・・・」
刹那は頬に留まる木乃香の右手に、左手を添えた。
急に感じたぬくもりに驚いて、心臓が跳ね上がる。
「・・・あなたの隣に居たいです。」
落ち着いた声で、刹那は言った。
驚いて、彼女を見る。
はっきりと、意思をもった目をしていた。
「・・・・・馬鹿。」
いきなり話が飛びすぎ。
それでも木乃香は、どこかでこの結論に行き着いた過程を理解していて、
もう一度馬鹿とつぶやきながら、
ゆっくりと刹那にもたれかかった。
しんとした部屋。
木乃香は刹那にもたれたまま、ゆっくりと目を閉じた。
今やっと、本当に刹那との関係をスタートできる。
「お嬢様?」
刹那の声は、やはりフローリングのリビングに響いた。
木乃香はそっと目を開ける。
目の前には笑った彼女がいた。
END
機械的な音はよく響く。
部屋の中には、かすかにだが、人の気配がする。
「せっちゃん、おるん?」
返事はなかった。
それでも、もう少し留まっていることが正解な気がして、私は動かなかった。
しばらくそのまま無言でドアを見つめる。
カチャ・・・・
静かに、少しだけドアが開いた。
そこには毎日顔を合わせているのに、とても懐かしい彼女が立っていた。
「こんにちは。」
「・・・・・こんにちはお嬢様。」
彼女は落ち着いた表情で私を迎え入れた。
少し不自然な挨拶を終えて、どうぞと言われたので、つかつかと彼女の部屋に入る。
‘珍しいですね、急に訪ねて来られるなんて。’
いつもならそんなことを言われていたのかもしれない。
ドクドクという心音はどんなに人が近づいても自分にしか聞こえるわけがないのに、近くをすれ違う時、少し刹那を避けた。
この範囲なら拍動のせいで胸が上下するところを見られてしまうのではないかと、変な意識をしてしまう。
彼女はそんな私に気づいているのかいないのか。
私は自然にソファーの左端に腰を下ろした。
刹那の部屋に来ると私はいつもここへ座る。
「お茶・・・でよろしいですか?」
ふいに聞こえた刹那の声に、妙に反応してしまった。
「ええよ、もしかしたらウチすぐ帰ることになるかもしれへんから。」
びっくりして、既にキッチンへ向かっていた体を残して首だけ半回転。
彼女は絵に描いたような驚いた顔をしていた。
勢いに任せすぎた私は、大幅に予定を早めてしまったが、後戻りは出来ない。
「せっちゃん。」
固まっていた彼女は私に呼ばれて、のろのろとリビングに戻ってきた。
「なんだか・・・・久しぶりですね。・・・・・。」
近づいてきた彼女は思わず言ってしまったのだろうか、とても声が小さかった。
このつぶやきは、さっき私が感じたものと同じなのだろうか?それとも別のことに対してなのか。
真意は分からないが、ゆっくりと私は彼女の正面に腰を下ろす。
「最近、修行増やしとる?」
「え?・・・・えと、少しですが。」
話し始めると、いつもの物腰で、彼女は答えてくれた。
「やっぱり、なんかいつもより疲れてそうに見えたんよ。」
「今日は雨の中でやっていたので少し疲れたかもしれません・・・・びしょびしょです。」
刹那はちょっとおどけて、まだシャワーで濡れた髪をタオルでわしゃわしゃと拭いて見せる。
木乃香は刹那の言葉を聞くと驚いた表情をしたが、子供っぽく頭を拭く刹那を見て、ころころと笑い始めた。
「雨でも外で修行なんてせっちゃんらしい。」
なんだか妙な雰囲気だったが、これは一種の儀式。
‘打ち解けんだから、話をしよう’
私は少し腰を浮かせた。
しかし刹那は反射的に身を引いたのを私は見逃さず、
少し上げた腰をまた、ゆっくりと元の位置に戻した。
「なあ、せっちゃん。」
ソファーの左端に座りなおして私は言った。
「タンクトップ、いつも着てるの?」
「へ?」
ちょっと間抜けな声を出す彼女はちょっと可愛い。
「え、・・・ええ、寝るときとか、仕事前に・・・・」
「ふふっ。」
「・・・・・?」
にかっと笑う木乃香の意図がつかめなくて、
刹那は耳を傾け黙っている。
「和解した・・・は、変な言い方やけど・・・・・ウチ、せっちゃんとそうなったと思ってたんよ。これで、昔みたいになれるって。」
「え、そ、それはもちろんですよ!!」
慌てて話を遮る刹那に向かって少し目を細めて、木乃香はまた口を開いた。
「うん。ウチもそう思ってる。・・・・・・でも、問題は‘昔’ってこと。」
「え?」
彼女は、ふうと息を吐く。
「護衛で、幼馴染で・・・皆はその関係を認めてくれていて。それは嬉しいことだって分かってる。でも、昔を目指しすぎた。何かで繋がってるって、もう特別な関係になって・・・何かあるなら話してもらえるし、せっちゃんを何でも分かっていると思い込んでいたんよ。・・・そう、思いたかった。」
「それは・・・・」
何かを言いたげだが、刹那は言葉に詰まっていた。
「今思うと、昔のせっちゃんを今のせっちゃんから探そうとばかりしてたんよ。・・・普段タンクトップが部屋着なんて初めて知ったえ。」
「・・・・・・。」
「甘えてたんよ、自分はせっちゃんの‘特別’だって。だから、ちゃんと、‘今’のせっちゃんが知りたい。・・・最近悩んでることとかね。」
木乃香はからりと笑った。
木乃香の口元は笑っていたし、ここの部屋の雰囲気も悪くなかったのに、
その目だけは刹那に刺さった。
一呼吸置いて、ふいに口を開く。
「・・・・・・・考えれば考えるほどダメなんです。」
刹那はゆっくりと目を閉じて、息をはいた。
だらんと彼女は体を弛緩させて、ソファーにもたれかかる。
「私はそもそも、なんで学校にきたんでしょうか。
護衛のためなら入学する意味は無かったんです。影から見守れるのなら、どうせ無視するならあなたを悲しませるだけです。」
随分と昔のことを語る刹那はどこか遠くを見つめていた。
彼女は昔の自分の姿を追っているのかもしれない。
「・・・今度は傍にいられるようになって、また自分を優先しています。」
「どこが?せっちゃんは・・・」
「怖いんです。今の関係が壊れたりしたら。」
ぽつりと刹那は言った。
しんとした部屋。
刹那はゆっくり目を閉じる。
そこには、自分だけの世界が広がっていた。
目を閉じてそこにあるだけの小さな世界。
今はゆらゆらと、小さな火が灯っている。
少し風が吹いたら消えてしまいそうな火だけど。
でも、とにかく最初は真っ暗だったんだ。
以前は目を閉じても何も見えなかった。
でも、今は見える。
とても小さいけれど柔らかな火。
ひねくれた私の真っ暗な世界に、
皆が少しずつ地盤を作って、最後に彼女が灯してくれた。
だから、それを失わないように、
ほんの少しの風でもゆらゆらと揺れる火を、
必死で守ろうとしたんだよ。
大切すぎたんだ。
それだけだったんだ。
「今私はお嬢様の傍に居られて、それだけでなく明日菜さんやネギ先生、沢山の人たちに囲まれて、きっと今までで一番幸せです。・・・・今はそれがなくなるなんて考えられなくなってきているんです。今が心地よくて、以前は何とも無かった一人の時間が、たまに無性に淋しくなる。・・・だから、今が続く確かな保証が欲しくて、すがるように剣の修行をしました。」
木乃香は刹那と不意に目が合う。
「護衛という立場さえあれば、お嬢様とはずっと一緒にいられる。・・・でも、いくら強くなっても、私の上は確かにいます・・・・・・私は行き場をなくしたんです。」
初めて彼女の弱さを目の当たりにしたと思った。
木乃香は、ゆっくりと腰を浮かせ、ソファーから立ち上がる。
そして、ゆっくりと口を開いている彼女に近づいていった。
「自分の不純な考えにも気づきました。自分が無性にちっぽけに思えて・・・・お嬢様の傍にいると、益々それを感じるようになってしまって・・・・」
ぺち。
刹那が言い終わる前にフローリングのリビングに弱々しい音が響いた。
刹那の頬には木乃香の右手。
打ちつけられた右手は、勢いが弱すぎて刹那の頬に止まったまま。
打ち付けた後に気づいた。刹那の言葉に、反射的に手が出てしまったのだ。
しかし、ふと気づく。
自分も刹那から向き合うことから逃げていたというのに、頬を打つ資格はない。
今更ながら、顔が青くなる。
自分の行動が信じられず、彼女の頬にある自分右手を見つめ、フリーズしてしまい、どうにもならない。
触れた刹那の頬は温かく、そのぬくもりが伝わってくる程、意識ははっきりしているというのに。
「・・・・殴って欲しかったのかもしれません。」
はっとして刹那と目を合わせる木乃香。
刹那は少し目を細くして、目の前の木乃香を見つめている。
木乃香の目に映る刹那は、優しく微笑んでいた。
「・・・・せっちゃん。」
木乃香は右手はそのままで、彼女を呼んだ。
「いつも一人で結論を出さないで。ウチを置いていかないで。それじゃ前と一緒やろ?ウチももう逃げへんから・・・・」
刹那は頬に留まる木乃香の右手に、左手を添えた。
急に感じたぬくもりに驚いて、心臓が跳ね上がる。
「・・・あなたの隣に居たいです。」
落ち着いた声で、刹那は言った。
驚いて、彼女を見る。
はっきりと、意思をもった目をしていた。
「・・・・・馬鹿。」
いきなり話が飛びすぎ。
それでも木乃香は、どこかでこの結論に行き着いた過程を理解していて、
もう一度馬鹿とつぶやきながら、
ゆっくりと刹那にもたれかかった。
しんとした部屋。
木乃香は刹那にもたれたまま、ゆっくりと目を閉じた。
今やっと、本当に刹那との関係をスタートできる。
「お嬢様?」
刹那の声は、やはりフローリングのリビングに響いた。
木乃香はそっと目を開ける。
目の前には笑った彼女がいた。
END
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2007/06/02(土) 05:29:40 | 楓の箱リロLive対戦日記
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